東京高等裁判所 昭和34年(う)1151号 判決
被告人 趙春樹
〔抄 録〕
控訴の趣意一について
所論は先ず、被告人が小笠原郁夫を竹内茂方に宿泊させた当時は、横井英樹殺人未遂事件は未だ起訴されておらず、捜査段階にあつたのであるから、小笠原郁夫が横井事件の証拠たり得る者であつたとしても、それは単なる捜査段階における参考人に過ぎないものであり、そして捜査段階における参考人は出頭や供述を拒む自由があり、被告人はかかる参考人に過ぎない小笠原の自由な意思に基く依頼によつて、同人を隠避したに過ぎないのであるから、まさに右依頼人の憲法上保障せられた権利の行使に関与したものであり、犯罪を構成しないというのである。
よつて案ずるに、証人として召喚を受けた者でない、捜査段階における単なる参考人が、出頭や供述の自由を有することは勿論であるが、刑法第百四条の証憑湮滅罪は犯罪者に対する司法権の発動を阻害する行為を禁止しようとするものであるから、捜査段階における参考人に過ぎない者も刑法第百四条にいわゆる他人の刑事被告事件に関する証憑たるに妨げなくこれを隠匿すれば証憑湮滅罪が成立するは明らかでありかかる参考人自身に出頭及び供述の自由があるからといつてこれに対する証憑湮滅罪が成立しないとするのは筋違いであり、かく解することが憲法の自由権の保障の規定に違反しないことは勿論である。
次ぎに所論は、当時小笠原に対しては前記殺人未遂事件の被疑者として逮捕状が発布せられていたのであるから同人を隠匿することは犯人隠匿罪を以て論ずるは格別証憑湮滅罪は成立しない。しかも小笠原は真実同事件の犯人でないから犯人隠匿罪も成立しないと主張するのである。しかしながら、被告人は後記認定のとおり小笠原が右殺人未遂事件の犯人であるとの認識はなく同人が単に参考人として追及されているものとの認識の下にこれを隠匿したものであるからこの意味で犯人隠匿罪は成立せず証憑湮滅罪が成立するものであることは明らかである。しかしてこの場合小笠原に対し同事件の被疑者としての逮捕状が発布せられていたとの事実は同人が同事件の証憑たることを妨げるものではないから所論は採用の限りではない。論旨は理由がない。
控訴の趣意二の(イ)について
所論は、被告人は、小笠原郁夫が横井狙撃事件には関係ないものとばかり思料していたのであるから、証憑湮滅罪の犯意はなかつたと主張するのである。
よつて案ずるに、原判示挙示の小笠原郁夫の検察官に対する昭和三十三年八月八日付供述調書謄本、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、小笠原は右狙撃事件当日東興業青山本社において、外出先から異常な顔つきで帰社した安藤昇が横井に恥をかかされたといつたのを聞いて、まさしく安藤は横井を襲撃するであろうと推量して、自分が安藤にかわつて横井をやつつけようと思い安藤に対しその旨申し入れたが、引つこんでおれといつて一蹴せられた。その頃志賀日出也が本社から自動車で出掛けたので、小笠原もそれに乗り込み、なおも様子を窺ううち、志賀から千葉一弘にやらせるとはつきりいわれたので、断念して途中車から降りて帰社したものであり、さような次第で小笠原は直接横井狙撃事件に加担はしていないが、なお同事件につき右の如き知識を有していたものであるところ、被告人としても、横井狙撃の少し前右本社にいて、小笠原が本社から志賀と同じ車で出掛けたことを見て知つているほか、隠匿方依頼された際の小笠原の言動等よりして、同人が、右事件の犯人の一人ではないが、同事件につき重要な知識を有していて捜査当局から追求されていることを知りながら、同人の依頼によつて原判示の如く隠匿してやつたものであることが認められるから、被告人に証憑湮滅の犯意のあつたことは明らかである。論旨は理由がない。
(長谷川 白川 杉山)